何十匹分の啼き声より更にでかく、山全体を叩き起こすかのような大声。萩の茂みを真っ二つに割り倒して、小平太が飛び込んできた。
 進路に居た鴉が、ギャアギャアと騒ぎながらぎりぎり飛び立っていく。頬に打ちつける風。
 一瞬で目を丸くする長次の前に躍り出ると、そもそもの元凶である彼はにかっと白い歯を見せた。

「よかった、間に合った!」

「小平太!」

 そうして長次にそれ以上何を言う暇も与えず、小平太はくるりと背を返し、あわてふためく鴉の群れに向かって拳を振り上げたのだった。

「あぶな…」

 危ないから刺激するな、と言おうとして、小平太が何か大きいものを持っているのに気がつく。それはまだ葉のついたままの、立派な枝ぶりの一振りであった。長さは身長の半分は優にある。折り取ってきた、というにはあまりにも太すぎる根元を見るに、かなり幹も元の方から生えていた生木の一枝を、無理やりむしり取ってきたらしい。
 随分とワイルドなその刀を振り回し、小平太は叫ぶ。

「いいか、お前ら長次にちょっかい出してみろ、一羽残らず首をひねって、食堂のおばちゃんに持っていってやるぞ!」


「…どうするつもりだ」

 半分驚き、半分呆れて口をはさむと、

「焼き鳥だ!」

 と至極明快な答えが返ってきた。鴉の焼き鳥とは、旨くなさそうだなどとあまりのことに現実逃避し始めた頭の片隅で思う。
 それはどうやら鴉も同じなようで、ギャアギャアとまた一斉に嫌そうな声が上がった。

「うるさい!私がいつお前らにそんなことを頼んだ!」

 ぶん、と枝がしなり、手直にいた一羽が吹っ飛ばされる。
 ぼけっと見ているだけの長次は、そういえばさっきから口が半開きになっていて、慌てて唇を引き結んで唾を呑み下す。乾いてしまった頬の内側を自分の舌で撫ぜながら、とにかく小平太を落ち着かせようと肩に手を伸ばし、そして届く前に引っ込めた。

「いいからお前たち帰れ!」

 と小平太が絶叫したからである。

「そうだ、だけどもういいって。知れてしまったんだから」

 彼は興奮した時の癖である早口のまま、とうとうと喋るのを止めない。それも、長次に向いてではなく、鴉に向けてである。
 めっちゃくちゃに枝を振る小平太を遠まわしにしたまま、鴉は襲ってくる様子を見せないが、そのかわり口々に喧しい声を上げた。
 小平太は何の話をしているのだろう。

「…わかった、戻るさ、戻ってやる。御山に行く」

 長次にはまったく意味不明のことを喋りながら、小平太はどんどんと地面を踏みならした。

「だから、長次はもう関係ないだろ」

「…こへいた」

 遠慮がちに出した声は、止むことを知らない鴉の叫びにかき消される。

「もういいんだって、本当に。御山にだって帰るんだから。大体初めから正体知られたら帰るって言ってたんだから」

 正体?正体と言ったか今。
 これではまるで、

 鴉と喋っているようではないか。

 つい耳を澄ませてみたが、鳥の喉から飛び出すのはどうしたって普通の鳴き声であって、言葉など一つも聞き取れない。だが、小平太は激しく頭を振りたてて近づいてきた一羽に向かうと、

「違う違う、いい加減分かれよ」

 と枝を振り回さないまでもいらついた口調で話しだす。こんな真夜中に、鴉に囲まれたと思えば頼みの綱の小平太がこれである。何が何だか分からなくなってきた長次はもう、己の立っている地面すら危ういような錯覚に陥った。



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