先におもひやれをお読みください


平滝夜叉丸というのは、自分に正直な男だった。
彼の自慢は、本当に自分が優れていると思っているからするのであり、一度口にした大言壮語はどんな努力を払ってでも実現させる。
自分に対して、嘘をついたことは無かった。

だが、私は知っている。
同室の滝夜叉丸の、常にきちんと整頓された文机の上、顔が映るほど磨き上げられた黒い漆塗りの文箱。
その中に入っている、白い三つ折りの手紙を。
その手紙は宛先人の名で始まる。
七松小平太。
二年も前に卒業したきり、風の噂さえ聞かぬ鉄砲玉。

有る夜、戻ってみれば手紙が彼の文机に広げて乾かしてあった。濡れた墨痕が、消えそうな油の火にぬらぬらと光っていたのを覚えている。
まもなくして油の替えを持って戻ってきた同室者は、何も言わなかった。
私がその手紙を読んだことを彼が知っているのかどうか、私は知らない。

あれから時々、私は考える。
障子越しの月明かりに照らされる白い布団、はらりと広がった黒い髪の束。
それはどこか、あの真っ白の紙に麗麗と流れる墨のあとを思い起こさせる。
きちんと整っていたはずの筆跡が、私の目の中では、にじむ。
これは同情の涙だ。
忘れることなど、できないくせに。
忘れ去られても、忘れることはできなくて、強がりを書きつけることしかできない、なんて可哀相な滝!

自分に正直だった私の友人は、これから一つだけ欺瞞を抱えて生きていくのだ。



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