拝啓
梅のつぼみがようやくほころび始めた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
先輩のことですから、きっと北風など感じず駆け回っておられるのでしょうね。
ともかく、長らくお便りも差し上げず疎遠にうち過ぎましたこと、心苦しく思っています。
先輩のご卒業から二年、この寒さが過ぎれば私もこの園を卒業いたします。
思えば不思議なものです。先輩のいなくなった学園は平和すぎて、いつ一日が終わるかと退屈に欠伸の出る思いでしたのに、今こうしてみれば鳥が羽ばたくほどの間であった気がするのですから。
そうはいっても、この二年で変わったことは沢山あります。
ほら先輩、覚えておいででしょうか、よく放課後に食べに行った裏々山の柿の木を。あの柿の木は先の夏、雷が落ちてすっかり黒焦げに枯れてしまいました。
先輩が連れて行って下さった裏々々山の頂上へ続く道は、この冬に落石で塞がってしまいました。
そしていつだったか、先輩がバレーボールであけた鐘楼の穴。先日大がかりな修補が行われて、すっかり綺麗になりました。
幾本もの塹壕は、次第に落とし穴と一体になっては用具委員に埋められて、もう跡を辿ることすらできません。
もちろん変わらぬものもあります。
体育倉庫は相変わらず古くて埃だらけですし、先輩お気に入りの木も格好の昼寝場所として現役です。
私と先輩がよく待ち合わせた番小屋もそのままです。
時友が嵌っていた例のどぶ、あの匂いを嗅ぐと未だにあの時の騒動を思い出します。
先輩と二人で徹夜で作ったマラソンコースなんて、いまだに授業で使われています。
先輩が教えてくれた木苺は毎年あの場所で実を付けます。裏門横の通り道は、ずっと私だけの秘密です。
先輩。先輩の足跡はこんなにたくさん残っているのに、きっと貴方は総てお忘れでしょう。常に前だけを見て走ってゆく方でしたから。
この手紙は卒業式の日、燃してしまおうと思います。
所詮宛先も分からぬ手紙です。
けれど、もし万が一、何らかのご加護があってこの手紙が先輩に届いたなら。
先輩の心の端にこの手紙の一文でもふと浮かぶのならば。
どうか、あなたを忘れることをお許しください。私もあなたを忘れて生きてゆかねばなりません。
末筆ながらご自愛をお祈り申し上げます。
敬具
平滝夜叉丸
七松小平太様
おもひやれ君が面影たつなみのよせくるたびにぬるるたもとを
(どうか考えてください。波が寄せるたびあなたの面影を思い出し、私の袂は涙という波に濡れるのだということを)
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