誤算はそこからだった。
 浚った女はまず首領が味見するはずだと思っていたが、鷲鼻は高らかに宣言したのだ。それじゃあ、お楽しみだ、と。
 なすすべもなく小屋の筵の上に横たえられた仙蔵の身体を扇形に取り囲み、山賊たちが欲を抑えきれぬような雄たけびをあげる。
 思わぬなりゆきに文次郎は思わず刀の柄に手をかけた。
 しかしさらに文次郎を当惑させたのは、、手を上げて山賊たちを制した鷲鼻の言葉だった。

「そこのお前、この頃いい働きをしてるそうじゃねェか。褒美だ。一番先に行かせてやる」

 下卑た笑い声と不満の唸り声が同時に上がる。暗示にかけられたように、文次郎は拳に汗をかいて一歩を踏み出した。
 筵を踏んで近づく音に、目隠しをしたままの仙蔵が上体を浮かせ身体を固くするのがわかる。その顔の横辺りに膝をつき、小声でその名を呼ぶ。

「仙蔵、俺だ」

 びくり、と細い肩が震える。

「お前が男とばれたら終わりだ。どうする」

「・・・どうもこうもあるか。ばれなければ良いのだろう、何とでもしろ」

 息だけでいら立ったような返事。
 その言葉の意味が脳に到達した瞬間、自分の身体が火にくべられたようにかぁっと熱くなった。緋色の着物から肩を少し覗かせ、白い喉を上下させながら首を後ろに反らした姿態は、どこからどう見ても妙齢の女性のものである。その身体が同性の立花のものであるという倒錯性が、さらに文次郎を煽った。
 薄汚い山賊どもに見られていようと構わない、この場でこの身体をめちゃくちゃにしてやりたい。プライドの高い仙蔵が女の姿で、声を上げまいと縋りついて耐える姿が目に浮かんでしまう。何もかもお膳立てされているではないか。しかしだからこそ、文次郎は必死に衝動を抑え込もうとする。
 文次郎にとって仙蔵は奇妙な存在だった。身体を重ねることはあっても、甘い感傷を打ち明け合うことは決してない。友人というには深すぎる付き合いだが、それでいてなお仙蔵という存在は侵しがたく、文次郎の中でもうほとんど神聖な域に達していた。その仙蔵と山賊どもにのせられて行為に及ぶなど、取り返しのつかない冒涜であるような気がした。心臓が耳の奥にあるようだ。指の間に挟んだ剃刀が汗で滑る。文次郎は理性を保とうとそれを握りしめたが、まるで痛みを感じなかった。
 跪いたきりまるで動かない文次郎にしびれを切らして、山賊の一人が大声で揶揄する。

「どうしたぼうず、そっちのほうはヤリ方が分からねェか!」

 その瞬間、文次郎はがばりと仙蔵に覆いかぶさり、その唇を吸った。湧きあがる野太い歓声も、もはや文次郎の耳には入らない。無我夢中で仙蔵の唇を割り、歯列を辿った。
ひとしきり接吻をむさぼったあと、文次郎はゆらりと立ちあがった。その後ろではすっかり力の抜けた仙蔵が、膝頭を震わせながら再び横たわっている。その吐息を思い出すと、我ながら情けなくなるような割れた声しか出せなかった。

「・・・褒美は有難いが俺はこれで充分。あとはおかしらが先に味を見るのが筋ってモンだろう?」

 鷲鼻がせせら嗤う。

「なんだ、怖気づいたか。かしらのことは気にするな、あのお方は大勢で楽しむほうがお好きなんだ」

 どっと下品な笑い声があがった。

「じゃあそのおかしらもここに呼んできな、小カシラ殿」

 睨みあう鷲鼻と文次郎の周りで、早くやれだの自分にやらせろだの、次第に外野が騒ぎ出す。
 そのとき横から仙蔵をくいいるように見つめていた賊の一人が獣じみた狂乱の叫びをあげながら走り出した。振りかえった文次郎の目に、油まみれの髪をふりみだした男が緋色の着物に手をかけるのが映る。
 戦慄が背筋を走り、思わず鋭い叫び声が口を突いて出た。
 瞬間、男はごふぅと目をむいて地面に伏す。崩れた一角から後に続いて走り出した他の山賊たちも、突然のことに凍りついた。

 喉を抑えて悶絶する男と、鮮やかな血の色にも似た小袖から突き出た白い腕。縛られていたはずのそれが仲間の喉を突いたのだと山賊たちが理解した頃には、仙蔵は目隠しをかなぐり捨て岩屋に向かって走りだしていた。

「待てっ」

 ようやく我に返った山賊たちがその後を追い、文次郎も呪縛がとけたように地を蹴った。山賊たちを追い抜き、仙蔵に続いて誰よりも早く岩屋の入り口をくぐる。意外と広い空間が曲がりくねりながら奥へ続いており、岩のくぼみに立てられた蝋燭が、その先で翻る緋色の裾を照らし出す。
 やがて天井がいくらか高くなった空間に辿りつくが、正面に岩の壁がそびえ行き止まりであると分かる。立ち尽くす仙蔵はしかし、壁に絶望しているのではない。その視線が注がれる先を追って、文次郎も同じく絶句した。
壁の手前には卓状の岩と注連縄とで祭壇がしつらえられ、その周りを数十本の蝋燭が取り囲んでいた。そして蝋燭の輪の中心には、暗い眼窩と萎びた皮膚の死体、木乃伊が鎮座していたのだった。鎧を身につけ胡坐の姿勢で筵の上に置かれた木乃伊のこそげた顔には幾本かの髪の毛が垂れ下がっている。
 言葉もなく木乃伊を見つめていた文次郎の背後に、反響する大勢の足音が近づいてきた。とっさに文次郎は仙蔵に向かって刀を構える。

「女がいたぞ!」

 追いついた山賊たちが口々に叫び、自身も得物をかざして文次郎の横に並んだ。手を出すな、とだけ言って文次郎は仙蔵に一歩一歩近づいていく。木乃伊を背に向き直った仙蔵の顔は青白い。
 あと少しで刃先が仙蔵に届くかというとき、耳を聾する音が響き、文次郎は左肩に強い衝撃を感じた。
 仙蔵の顔が強張るのが見える。その頬についた染みは小袖と同じ色をしていた。




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