さくり、さくりと雪を踏む音が近づく。雑木林は一面の雪に覆われて、寒々しい木肌をさらす何本もの細い枝が垂れこめた灰色の空へ向かって交差する。

 その中にあって、青々と肉厚の葉を茂らせる一本の常緑樹はたしかに目立っていた。
 雪と霜柱を踏む音は、雪帽子を被った緑の向こうの雑木の合間から聞こえてくる。
 それは奇妙な一団だった。全員が笠を目深に被り、一言も交わさずにしずしずと進んでいる。
 刀を履いた侍姿が四人、あとから忍び装束の者たちが二人。その間に挟まれた壺装束の女が一人。女の両手は前で一つに縛められていて、控え目ながら仕立てのいい身なりはどこぞの姫を思わせた。後ろの男が支えてやらねば今にも転んでしまいそうな危なっかしい足取りは、慣れぬ雪道のせいであろうか。

 そのうち一行は例の木の下まで歩を進め、先頭の男がほう、と笠を上げて立ち止まった。よく見れば緑の葉の下には小粒の橙色が見え隠れする。白と灰色ばかりを見慣れた目には嬉しいらしく、男は何事か後ろに声をかけると持っていたつづらを降ろした。後続の男たちもその周りに集まってしばしの休憩をとるようだ。
 相変わらず笠を被ったままの女は幹の傍へ寄ると、そのひこばえに手を伸ばした。白い肌に似つかわしくない、切り傷と火傷の痕が残る手であった。


 一行は再び無彩色の世界へ遠ざかる。
 ゆらゆらと揺れる女の黒髪もやがて木々の間に呑まれてゆく。
 その足跡を辿る旅人はいつか、雪に刺されたひと枝の緑に目を奪われるだろう。



橘の小島の色は変わらじをこの浮舟ぞ行方知られぬ

(橘が茂る小島の色は変わらない、けれどこの浮舟のような身はどこへ行くのか分からないのです)




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