寒風と共に部屋に流れ込む土と血の匂いに長次は目を覚ました。きっちり閉められていたはずの障子は豪快に引き開けられ、闇色の床に伸びた蒼白い帯に仁王立ちの影が浮かび上がる。
「長次、ただいま」
真夜中にもかかわらず床板を打ち鳴らす勢いで部屋に入った同室の男は、障子を閉めもせず長次の布団の横にどっかと座り込んだ。
その黒い体躯は熱の塊だった。熱くて速い獣の息遣いが闇を満たし、目だけが雪明りを受けてらんらんと光っている。
つんと鼻につくのは裏裏裏山の腐った泥の匂いだろうか。しかし熱と共に伝わる水水しい気配は泥と汗のためだけではないようだった。
山を彷徨う人間を喰らおうとした動物の血か、あるいは。長次はその身体のそこかしこを覆っているであろう赤の中に、本人の身体から流れ出たものがなるべく少ないことを願うばかりだった。
小平太の頭を抱えるように身体を寄せると、心臓を破らんばかりの鼓動が直に伝わってきた。
自分の顎の下で息づく生き物は思いのほか小さい。小平太がぼさぼさで泥だらけの髪の毛を長次の白い夜着に押し付けて、その心音を聞いているのがわかる。
しばらくして荒い呼吸は落ち着き、脈は長次のそれに歩調を合わせるようになった。長次の心臓の一拍で、小平太の身体中の血管がどくんと収縮する。
「小平太」
「ん」
「洗ってこい」
こくんと頷いて大人しく身を起こした小平太の目はもう、ぎらぎらと輝いてはいなかった。
いつも通りの、黒く濡れた円らな二つの星。その目がまっすぐ長次を見ていた。
(私がいなかったら、お前はどうするつもりだ)
開いた口から漏れ出る声は隣の小平太にすら届かない。現に彼は長次の言葉を聞こうとするときの癖で、ぐっと顔を寄せてきたではないか。
長次はその手をとって、冷たさに顔をしかめながら自分のそれを上に重ねた。
「長次」
赤くしもやけになっているだろう表面の下には、やはり火傷しそうに熱い血が猛り狂っている。
この雪と氷の冷たさが融けたら、じきに別れの春が来る。
長次は握った手に口づけを落とした。
思へども身をしわけねば目に見えぬ心を君にたぐへてぞやる
(一緒に行ってやりたいとは思ってもこの身を二つに分けることはできないので、目には見えない心をあなたに付き添わせましょう)
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