野となればうづらとなりて鳴き居らむ
かりにだにやは君は来ざらむ


(何度生まれ変わっても忘れるものか)


「伊作!」
 弾んだ声がして、振り返るといつものように笠を目深に被った旧友の姿があった。
 学園を卒業して二年、忍びとなった彼はこうして、数か月に一度伊作の庵を訪ねて来るのだった。
 主に治癒が来訪の口実なので、頻繁に来るというのは本当は好ましくないのだけど、と苦笑しながら出迎える。
「今ちょうど干してた薬草を取り入れてるところなんだ。留、今日はどうしたの?」
「いや、この前切った肘の傷の治りが遅くて」
 また無理をしたんでしょ、などと言いながら板間に座らせ、湯を沸かす。
 晒しを用意しようと頭上の棚に手を伸ばしたとき、背後で衣擦れにも似た金属音がした。

 留三郎の忍刀が、伊作の背にぴったりと刃を沿わせている。

「留」
「伊作、聞いてくれ。主が盟約を破った」
「僕を殺せ、って?」
「違う」

 ふー、と息をついて、再び刀身は鞘に納められた。
 留三郎の額からは玉の汗が流れ落ちていた。

「まだだ。まだ…。」
「留さん、」
「まだ主は動かれていない。けどな、次会う時は伊作を殺しに来るかもしれない」
「うん」
「なぁ伊作、情勢が変わったんだ。逃げてくれ、俺が行けぬところに」

 土瓶がしゅんしゅんと囁く音。額の汗をぬぐおうともせず、瞳に寸分も動かぬ光を宿した留三郎の形相をこっけいに見せるほどの、ありふれた日常の音。

「…ああやっぱり、留さんはやさしいなぁ」
「じゃあ」
「だって留さん、どこまで行っても僕に会いに来る前提で考えてる。
僕との約束を守ろうとしてくれてる」

 伊作の声は歌うように薄暗い庵をたゆたい、その声に絡めとられて留三郎はすとん、と膝をつく。
 だめだ、とかぶりを振る留三郎はしかし、どこか嬉しそうでもあった。

 だってここは深草のさと、と、伊作は息だけで呟く。



(深草の里を出て行くあなた。ここがその名の通りの荒野になったら、わたしはうずらになって待っていましょう。仮にもあなたは狩りのためにすら訪れて下さらないでしょうか。
 いいえ優しいあなたのこと、きっと来て下さるに違いない)


だから僕は、いつまでも君を待つんだ




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