「そんなに見たって、組頭はまだ帰ってこないよ」
 同僚の冷やかしを、目を数回またたくことでやりすごす。洗濯ものを干し終えて、物干し台から見る景色は一番眺めがいい。
 諸泉の上司は数名の部下と共に出払っていた。
 お供に加えてもらえなかったことは悔しいが、実力差を思えば仕方がない。
 いつも一番汚す彼の洗濯物が欠けた物干し竿は、歯が抜けたように物足りなかった。伸びをすれば、数寸高くなった分遠くまで見える気がして、つま先立ちのまま頑張っては見たがひい、ふう、みい・・・ななつまでが限界だった。
 御苦労さま、茶が入ったよ、という同僚の呼びかけにいらえを返し、たらいを拾い上げる。梯子を降りる前、はためく布の間からもう一度西の山並みを見た。



君があたり見つつ居らむ
生駒山雲な隠しそ雨は降るとも


(あなたの居るあたり、生駒山を見ていましょう。だから雨が降ろうとも雲で隠さないでください)

だって貴方の周りに降る雨は、雨は雨でも血の雨だもの!



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