夜着一枚隔てた空気が動いて、きり丸は目を覚ました。
 たしか今夜は満月だったはずで、そのおかげで部屋の様子がうっすらと分かる。隣に敷かれていた布団はいつのまにか畳まれて、年齢相応に角ばった足が忙しなく動いていた。開けた薄目に、手甲を付けた手が脚絆の紐を結ぶのが見えた。

 ああ。まただ。
 と、きり丸は寝息を摸しながら嘆息する。
 こうしてきり丸が寝ているときに出かけるのは、難しい忍びの仕事が入った時だ。学園からの依頼なのか、全く関係ないどこかの筋からなのか、それは知らない。
 ただひとつ確かなのは、朝になれば土井の代わりに、すぐ帰る、という書置きがあるだろうということ。きり丸だって好奇心旺盛なは組の子であるから、土井が忍務に出かけるとなれば根ほり葉ほり聞き出そうとするだろう。土井はそれを分かっていて、ちょっとしたおつかいとか偵察のときは笑って頭を撫でて、支障のない範囲で教えてくれる。
 きり丸に見つからないよう、こっそり出て行くのはその内容を聞かせたくない時だ。
 だからきり丸も、気付かず寝ているふりをする。

 あるいはこの身がもっと強ければ。
 共に行きたいと、そう声に出すことも出来たというのに。



風吹けば沖つ白浪たつた山
夜半にや君がひとり越ゆらむ


(風が吹いて白浪がたつように危険なたつた山を、夜中にあなたはひとり越えてゆくのでしょうか)



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