>ふと


 まだ先は長い。わずかに登り坂になった道ははるか遠くでふっつりと切れ、白けたへりが闇の中に浮かび上がる。その途切れた道の上、おぼろげな木の影がわかるほどの明るさの空に、上弦の月が浮かんでいる。
道と、月。もう長らくこの景色を見続けているためか次第に遠近の感覚が遠のいて、一幅の絵の前で足踏みしているようだ。そうは言っても走り続ければやがてはあの頂上に着いて、今度は先細りながら下る道をずっと見据えることになるのだろうが、月はいつまでも嵌ったように動かない。
 潮江文次郎の鍛錬を阻むものは何もなく、そうして彼は毎夜この道を駆ける。


 忍ばせた足音の代わり、規則正しい呼吸がその足の回転を伝えてくる。
 ただひたすらに動かない月を見据えて走れば、己という意識は限りなく薄まって、くちなしの匂いや土の香りやみみずくの鳴く声やねずみの走る音、そういう環境のひとつに矮小化する。顔にあたるはずの夜風は己を通り過ぎ、砂利を踏む感覚はすでに無い。
 次第に夜さえ退行し、いつしか世界には月しかなくなった。
 夜空から切り離されたそれは月ですらない。光るでもなく色が付いているのでもなく、ただ大きさだけがある半円。鋲で打たれたようにぴくりともしない。
 ああ、なんて静かな世界!

 この世界は原初の昔から、この半円だけがぽっかり存在していて、これからも未来永劫動くことなくそよぐことなく形も変えずに、無機物としてそこにあり続けるのだ。
 それは寂しいことだろうか。否、はじめからなにも他にないのだから。それなのになぜ、この半円を寂しそうだなどと思ってしまうのだろうか。
 まえにどこかでみたことがある。
 白い横顔。

 仙蔵。


 とたん文次郎は、見慣れた夜の林の砂利道の上にいた。足の指に挟まった砂利が痛んで、肺は焼けつくようだ。風は梢を動かし、獣が遠くで吠えている。峠を示す道祖神がすぐ手前にあった。
 まだまだ俺も未熟だ、そう胸の中で独りごち、彼は坂を下っていく。
 月は変わらずその頭上にあった。




>きのふ いらつしつてください


 なぜ今なのだ。

 今になって私を好いているだの付き合えだの、片腹痛いわ。


 なぜきのうでも、おとといでも、いち年前の今頃でもなく、私とお前が初めて会ったあの春の日でもない、今になって言うのだ。

 隠しきれぬ熱を帯びた私の視線を、鍛錬だの何だのと言って逃れ続けていたのはお前だった。

 無邪気にこの生温い陽だまりに浸かっていたあの頃ならば、お前はなんだって出来たのだ。

 だがもう遅い。私は気付いてしまった。

 あと一年もせず、私とお前の道は分かれる。

 別れが辛くなるだけだというに、どうして今になって契を交わせよう。
 

 私はこれよりひとりで生きるのだ。

 ひとしずくの甘露のようなさっきの言葉は、その広い背に手を伸ばしたきのうの私に言うがいい。

 私はそこで待っているから。


 ああ、お前はつくづく馬鹿だ。期を逸して、この私を失うのだ。

 今日も明日も明後日も、お前にはなにもやれない。


 おとといきやがれ、文次郎!


(室生犀星の同名の詩より)





>知らずにわかれた人々


知らずに永く
わかれた人びとの睫もくろく
何とその数の多いことだらう。

題名と詩:室生犀星



 残照は疾く失われ、灯のない室内は闇に沈む。正座の足はすでに感覚が無かった。
 目の前の仙蔵はぎゅっと拳を握りこみ、唇を結んで畳の目を見ていた。俯く肩に黒髪が流れる。
 文次郎の頭の中では、つい先程言われた言葉ががんがんと鳴り響いている。いや、つい先程というのは誤りかもしれない。何せ、仙蔵の口から思いもよらぬ激しい調子で発せられた時には、まだだいぶ明るかった。
 それ以来、文次郎は硬直したように背を伸ばして微動だにせず、その彼を前にした仙蔵も座ったままで今に至るというわけだった。

 ふたりの間には音を失ったあの言葉だけがある。
 硝子をたたき割るような、拒絶の言葉。


 障子の向こうで、どこかの部屋の明かりがぼうっと浮かび上がった。
 文次郎が引き結んでいた口を開く。
 下を向いていたのにどうして察したのだろうか、仙蔵はその刹那に立ち上がろうとした。その手首をつかみ、畳に引き戻す。細い手首はひどく冷たい汗をかいていた。
 反射的に振り返ったその目をのぞきこんで、文次郎はもう一度言った。


 暗さに慣れた目には、仙蔵の頬にしずくが伝うのが見えた。



 もうすこしの間もないと、お前は嗤う。
 だからこそ、もう一刻の猶予もないんだ。
 まちがいに気付かず、去っていってしまったら、ふたたび戻ってくることはない。
 今このときを逃したら、そのまちがいの大きさに、ふるえ慄のく日がきっと来るだろう。




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