久々知平助の場合



「だーいせいこう」

 ひょっこり、という擬音を想起させる動きだった。
 斜陽で影になったその顔は見えないけれども、その声となによりこの穴自体、間違えようもないただ一人の人物をさしていた。穴の底で五年い組、久々知平助は自分のうかつさに内心歯噛みした。

「綾部・・・これはちょっと無いんじゃないか」

 自分で認めるのもしゃくだが、情けない声だ。なんせザルに載せて地面に置いてあった冷ややっこに興味をひかれて、一歩踏み出したらこのざまなのだ。とっさにその豆腐だけは、転落時に掌にのせて崩壊から守ったが。

「だって常識的に考えて、地面に豆腐が置いてあるはずないじゃないですか。だからこれは目印です」

「食べ物を、というか豆腐をなんだと思ってるんだ・・・っ」

 久々知はふるふるとこぶしを握り締める。

「まあまあ先輩、そんなに怒ったら豆腐みたいに白い顔が台無しです。ほら御覧なさい、空は雲に夕陽があたってマーボー豆腐みたいですよ。まったくきょうは豆腐のような一日でしたね」

 つらつらつらと、棒読みの台詞が上から降ってきて、怒るより呆れてしまった。

「・・・お前なあ、豆腐って言っておけば俺が怒らないとでも」

「あれ、違うんですか豆腐先輩」

 だからっ、と立ち上がった拍子に右手の豆腐が揺れて、慌てて左手でかばう。

「豆腐持ってたら上がれないと思うんですが」

「うん、だから桶か何か持ってきて」


 って違う。
 もともと豆腐が載っていたザルは砂にまみれて使えない。だから・・とつい口をついて出てしまったが、議論の本質はそこじゃない。
 しかしやけに素直な綾部はもうその気で、食堂で聞いてみますなどと言って立ちあがったようだ。弾む足音が遠のいていく。
 たしか今日の夕食は田楽だったはずで、それまでには上がらなければとぼんやり考えた。




 100ぱーギャグになってしまった…。平助ごめん。


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